退去費用を請求されたら確認すること:特約・経過年数・負担範囲と、話し合いで決まらないとき

賃貸住宅の退去後に原状回復の請求書が届いたとき、国土交通省ガイドラインにそって順に確認すること。特約の3要件、傷みの原因の区分、負担対象の範囲、経過年数(クロス6年など)の考慮を、仮の請求例の計算と一緒に整理し、話し合いで決まらないときの消費生活センター・少額訴訟・民事調停・ADRの特徴もまとめます。

公開日 2026年10月1日

賃貸住宅を退去したあとに、原状回復の請求書が届くことがあります。金額の大小よりも、「この請求はどう計算されたのか」が分からないことが、トラブルのもとになりがちです。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」と、その参考資料(令和5年3月)にそって、請求書を受け取ったときに順に確認することと、話し合いで決まらないときの手続を整理します。

ガイドラインは、トラブルの未然防止の観点から「現時点において妥当と考えられる一般的な基準」をまとめたもので、使用を強制するものではありません。原状回復の内容や方法は、最終的には契約内容や物件の使用の状況によって個別に判断されます。この記事は個別の事案の判断をするものではありません。

1. まず契約書:ガイドラインと違う特約がないか

民法やガイドラインでは、経年変化や通常の使用による損耗は賃貸人が負担するのが原則です。ただし契約には、これと違う特約を入れることもできます(契約自由の原則、民法521条)。参考資料によると、実務で締結されることが多い特約は、ハウスクリーニング特約とエアコンクリーニング特約で、ハウスクリーニング特約は部屋の広さや間取りに応じた定額の費用を負担する内容が多いとされています(令和4年に管理会社を対象に行われたアンケート)。

賃借人に特別の負担を課す特約が有効に成立するためには、ガイドラインは3つの要件を挙げています。参考資料の言い方でまとめると、次のとおりです。

  • 特約の必要性があり、かつ暴利的でないなど、客観的・合理的な理由があること。
  • 賃借人が、特約によって通常の原状回復義務を超える修繕等の義務を負うことを認識していること。
  • 賃借人が、特約による義務負担の意思表示をしていること。

参考資料は、賃借人が負担することになる通常損耗等の範囲が契約書に明記され、賃借人がその内容を理解して明確に合意していることが必要だとしています。特約の有効性は上の要件に照らした個別の判断になるので、この記事では、特約が有効かどうかは判断しません。

2. 傷みの原因を分ける:借主の負担になるのは「通常の使用を超える」分だけ

ガイドラインは、原状回復を「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義しています。参考資料は、民法621条の条文も引いています(賃借人は、賃借物を受け取った後に生じた損傷から、通常の使用及び収益によって生じた損耗と経年変化を除いたものを、賃貸借が終了したとき原状に復する義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰することができない事由による損傷は除く、という条文です)。区分は次のとおりです。

  • 経年変化・通常損耗(ガイドラインの記号は「A」):賃貸人の負担。たとえば家具の設置によるへこみ、日照による畳やクロスの変色、ポスターの跡など。
  • 借主の故意・過失などによるもの(「B」):借主に原状回復義務があります。落書き、引越しで付けたキズ、喫煙のヤニ・臭い、ペットによるキズ・臭い、鍵の紛失など。
  • 通常の使用でも起きるが、その後の手入れの悪さで発生・拡大したもの(「A(+B)」):台所の油汚れ、結露を放置して拡大したカビ、こぼした飲み物を放置したシミなど。借主の負担になりうる部分です。
  • 次の入居者のための化粧直しやグレードアップ(「G」):賃貸人の負担。畳の表替え、フローリングのワックスがけ、退去時に古い設備を最新のものに替える工事など。

3. 請求書の内訳を、この5点で確認する

  • どの傷みが「借主の責任」とされているか。請求書の項目ごとに、上の区分のどれにあたるかを確認します。
  • 負担対象の範囲。借主が負担するのは、傷んだ部分の補修ができる最低限の施工単位が基本です。クロスなら、傷んだ箇所を含む一面分までは借主の負担とされることがありますが、部屋全体の色柄をそろえる張替えはグレードアップにあたり、借主の負担にはなりません(喫煙等で居室全体が変色・臭いが付着した場合を除く)。
  • 経過年数が考慮されているか。借主に責任がある場合でも、設備ごとの耐用年数(クロスやカーペットは6年、流し台は5年など)で残存価値が1円になる直線を想定し、入居年数が長いほど負担割合が下がります。請求書に経過年数の考慮が見当たらないときは、管理会社に、請求の内訳と、経過年数を判断するための設備の交換時期の根拠を尋ねてよいと、参考資料は述べています。
  • 経過年数を考慮しない項目が混ざっていないか、考慮しないのが正しい項目か。畳表、襖紙・障子紙、フローリングの部分補修、鍵の紛失、通常の清掃をしていない場合のクリーニングは、経過年数を考慮せず、借主に責任があれば全額です。ただし、フローリングを全面張替えするとき、襖・障子の建具部分、柱などは、建物の耐用年数で考えます。
  • 賃貸人の負担分(グレードアップ・通常損耗)が混ざっていないか、廃材処分費などの諸経費の扱いが契約で決まっているか。

次は、仮に作った請求の例です(実際の請求の傾向を示すものではありません)。木造アパートに、築12年の時点で入居して5年住み、退去した場合を、ガイドラインの考え方で計算した金額と並べます。

  • クロス:傷みは2面18㎡(落書き)。部屋全体の45㎡を張り替え、54,000円(1,200円/㎡)を全額請求。→ 借主の対象は傷んだ2面の18㎡=21,600円。クロスは6年で、5年住んだので残りは1/6(1−60か月/72か月)。借主の負担は3,600円、賃貸人の負担は50,400円。
  • フローリング:洋室10㎡の全面張替えが必要な毀損で、150,000円(15,000円/㎡)を全額請求。→ 全面張替えは建物の耐用年数で数えます。木造は22年、築12年+入居5年=17年経過で、残りは5/22。借主の負担は34,090円(円未満切り捨て)。
  • 鍵の紛失:シリンダー交換12,000円。→ 経過年数を考慮せず、全額が借主の負担(12,000円)。
  • 畳の表替え:日照による変色のため、30,000円を請求。→ 日照による変色は通常損耗等で、借主の負担は0円。

請求の合計は246,000円ですが、ガイドラインの考え方で計算すると、借主の負担は49,690円になります。同じ数字は、退去費用の借主負担の計算で確かめられます。実際の精算は、傷みの原因や負担範囲の判断、特約の有無で変わります。

この例は、計算のしかたを示すために作った仮の数字です。請求が高いか安いかを判断するものではなく、「請求の内訳に、負担対象の範囲と経過年数の考慮があるか」を確認する手がかりとして読んでください。

4. 入居時と退去時の記録

参考資料は、トラブルの大きな原因の一つが、損耗が入居時からあったものか、いつ発生したのかがはっきりしないことだと述べています。入居時に物件の状態を確認して確認リストに記録し、入居前からあったキズなどの客観的な証拠として写真を撮っておくことを勧めています。管理会社から確認リストの提出を求められていなくても、ガイドラインに載っている物件状況リストを使って、管理会社と認識を共有しておく方法もあるとしています。

退去時は、賃借人と管理会社等が一緒に部屋を点検し、修繕が必要な部位をその場で伝えて、あとから精算書や請求書を送る形が多いようです。令和4年のアンケート(管理会社が回答)では、退去時に賃借人の立会いで点検してから精算書を送ると答えた会社が約6割、賃借人の立会いを求めない会社も約7%ありました。立会いがない場合は、退去前に写真を撮っておくことが、トラブル防止に役立つとされています。同じアンケートで、トラブルになりやすい部位として管理会社が挙げた回答(複数回答、437社)は、クロス(73.5%)、フローリング(52.4%)の順でした。

5. 話し合いで決まらないとき

参考資料は、原状回復のトラブルは契約に基づいて当事者同士で解決するのが基本で、請求に疑問があれば、修繕の必要性や程度について、写真などの根拠を互いに示しながら話し合うことが重要だとしています。令和4年のアンケートでは、回答した管理会社(437社)の96.1%が話し合いによる解決を挙げ、少額訴訟は10.5%、通常訴訟は6.2%、ADRは3.2%でした(合計が100%を超えるので、複数回答とみられます。質問文は資料のグラフには書かれていません)。話し合いで決まらないとき、参考資料が挙げる主な手続は次のとおりです。

  • 消費生活センター:消費者ホットライン「188」に電話すると、身近な消費生活相談窓口を案内してもらえます(消費者庁)。参考資料は、消費生活センターへの相談のうち、敷金や原状回復のトラブルが3〜4割程度を占めるとしています。
  • 少額訴訟:60万円以下の金銭の支払を求める訴えについて、原則として1回の審理で解決を図る裁判手続です。最初の期日までに、言い分と証拠をすべて出す必要があり、証拠書類や証人は、審理の日にその場で調べられるものに限られます。同じ裁判所での利用は1人につき年10回までで、被告の申立てで通常訴訟に移ることがあります。判決に対しては控訴ができず、受け取った日の翌日から2週間以内の異議の申立てだけが認められます(裁判所)。
  • 民事調停:裁判のように勝ち負けを決めるのではなく、調停委員を交えた話し合いで合意を目指す簡易裁判所の手続です。非公開で、調停調書に記載された内容は確定判決と同じ効力があります。申立てから2、3回の期日、おおむね3か月以内に解決する例が多いと裁判所は説明しています。相手が出頭しない場合などは不成立になります。
  • ADR(裁判外紛争解決手続):弁護士会、司法書士会、行政書士会などのADR機関が、中立の調停人として話し合いを仲介する手続で、合意が必要です。国土交通省の資料に、賃貸住宅の紛争を扱うADR機関の一覧があります(令和6年7月末現在)。

令和8年5月21日以降は、裁判所への訴状の提出は、書面に加えて、オンライン(mints)でもできるようになったと、裁判所のページに書かれています。手数料や必要書類は、手続の種類と請求額で変わるので、各裁判所のページで確認してください。

この記事で確認できていないこと

  • 民法400条・521条・615条・621条・622条の2の条文は、2026年10月2日にe-Govで確認し、施行前の改正(2027年6月23日から2029年6月23日までの5件)でも同じ文言です。
  • 個別の請求が妥当かどうか、特約が有効かどうか、傷みが借主の責任かどうかは、この記事では判断できません。裁判例は、ガイドラインの第3章に紹介がありますが、この記事では扱っていません。
  • アンケートの数字は、管理会社が答えたものです(令和4年11〜12月、691件の回収。部位に関する質問は437社が回答)。借主側の経験を調べたものではありません。
  • 地方公共団体の条例で、賃借人の負担内容を書面で説明するよう義務づけている地域があると参考資料に書かれていますが、どの地域かは調べていません。
  • ガイドラインは平成23年8月の再改訂版で、2026年10月1日時点で国土交通省のダウンロードページに掲載されている版です。民法が令和2年4月1日に改正されて原状回復のルールが明文化されたあとも、ガイドライン本体は改訂されていません。

退去までの日数の数え方は賃貸住宅の解約は何日前?、部屋の広さの換算は坪・畳・㎡の換算をご覧ください。

出典

この記事は一般的な情報の提供を目的としたもので、法律その他の専門的助言ではありません。法令や制度は改正されることがあり、個別の事情によって結論が変わる場合もあります。契約書や重要な手続については、条文や公的機関の案内を確認し、必要に応じて弁護士・司法書士などの専門家にご相談ください。